録画放映

令和7年第5回定例会
9月11日(木) 一般質問
新風
政平 智春 議員
1 歴史民俗資料館の展示について
 (1) 常設展示では大きく分けて4項目の展示がなされているが、いずれも庶民の姿が展示されていないのはなぜか
 (2) 当時の治安を守る仕組みやそれを担う人々についての展示がないのはなぜか
 (3) 庶民、とりわけ農民の重い年貢に苦しむ姿も展示し、その苦しみを理解する必要があるのではないか
2 本郷産業廃棄物最終処分場について
 (1) 本年2月議会で、県は県議会において事業者に対し「根本的」な原因究明を求めると答弁したとのことだったが、その後の状況はどうか
 (2) 本年4月に搬入再開が許可されたが、事業者における汚染水を出さない措置はどのようになっているか
 (3) 県への働きかけについては、本市だけでなく広域的な取組も検討しながら進めるとの答弁であったが、その後どのようになっているか
18番政平議員。
      〔政平智春議員質問席に移動〕
◆政平智春議員 議長より発言の指名を受けましたので、あらかじめ通告をしております2点について質問をいたします。
 第1点目ですが、今年8月1日に三原市歴史民俗資料館が移転オープンをいたしました。旧資料館よりも整然とした展示が行われ、ある意味市民にも親しみやすいものとなっているというふうに私は受け止めているところであります。しかし、スペースの問題もあるのかもしれませんが、私とすれば大変物足りなさを感じる展示と言わざるを得ないところがあります。
 まず、常設展示の内容は4項目にわたって行われていますが、その中にはその時代、時代を支えてきた庶民、特に農民の姿は展示の中にありません。近世封建幕府時代の人口比率は、百姓身分、百姓というもともとの語源は大勢の人という意味でありますが、百姓身分の人は8割がその身分だというふうに言われております。また、そのほか各種身分の人々がどのような営みを行い、社会を支えてきたのか、市としての認識をお尋ねをいたします。
 そのような時代背景の中で、命を長らえてきた庶民の姿を示すことが必要なんではないでしょうか。1550年代の後半、小早川隆景が三原に城を築き、豊臣秀吉の五大老の一人として活躍をしたという事実があるのかもしれませんが、その活動を支えてきたのは小早川隆景の地元である三原、今のような三原市という概念ではありませんけれども、周辺の人々の年貢によって支えられてきたんではないかというふうに思いますが、そういった展示が全然見当たらないというところであります。しかし、三原市が長い年月と多額の予算を費やして編集をいたしました三原市史というのがありますが、三原市史には先ほど申し上げましたようなことの一端が述べられておるところであります。
 そのような中で、三原の治安の維持、1720年代、これは三原市史に載ってることですが、山中村の若い女性が捕まって、百たたきの刑を受けたという記録があります。それは何かというと、徳川吉宗の享保の改革の中でぜいたく禁止令みたいなものが出ていたわけでありますが、その娘さんたちはべっこうのかんざしをしていたという。その市史の中にそういった記録がありますけども、それだけで罪になってる。その罪になるいわゆる警察官の役割をした人々は一体どういう立場の人なのか。それをこの展示の中で知ることは非常に困難であります。そういったことは検証するに値しないものか、それとも検証する必要はないというふうに思っているのか、そういったことをお尋ねをしたいと思います。
 3点目ですが、幕末に近づくにつれて農民に対する年貢の取立ては厳しくなってきました。旧広島藩で村方騒動、百姓一揆が頻発をしていますが、広島浅野藩が形成をされて、その浅野藩時代に起きた百姓一揆や村方騒動、おおよそ80件起きてるわけです。3年に1回は起きてるという計算になるわけですけども、そのような非常に厳しい生活の中でやむにやまれぬ村方騒動、百姓一揆、百姓一揆そのものはそんなにたくさんなかったんですけども、そういう庶民の姿というものを浮き彫りにすることが今日の三原市においてとても重要ではないかというふうに思いますので、見解を求めたいと思います。
○正田洋一議長 安原教育長。
◎安原敏光教育長 御質問にお答えします。
 新資料館は、先月8月1日に館町に移転開館いたしました。開館1か月間の入場者数は約1,500人で、目標の約2倍の入館者数となっております。来館者の内訳は、三原市内の方が約50%を占め、三原市以外の県内の方が26%と、県内の方だけで4分の3を占めております。遠くは四国、九州、関東、東海地方など県外の方も全体の4分の1程度いらっしゃっております。
 御質問1点目です。
 新資料館は、郷土の歴史と文化に関する住民の知識と理解を深める施設でございます。このたびの新資料館のリニューアルオープンにつきましては、時系列に並べ、分かりやすい展示になるよう、全体の概要が分かる4項目をテーマとして展示しており、詳細な説明ではなく、基本情報を中心とした大まかな説明としております。
 一方、社会を構成する人々の姿を記録などに基づいて展示することは大変意義深いことと認識しております。例えば、新資料館では、人々の暮らしを記した古文書を1万5,000点以上所有しており、展示内容に変化を持たせるため、今後、これらの内容を紹介、展示することも検討してまいりたいと考えております。
 御質問2点目です。
 全7巻、6,382ページに及ぶ三原市史には、江戸時代の治安維持の仕組みや役割について、町奉行や町役人だけではなく、その他の人たちの役割なども記載があります。今後、例えば城下町などの特徴を説明する展示を企画した場合は、治安の仕組みや人々の役割などについてさらに研究し、展示することを検討してまいりたいと考えております。
 御質問3点目です。
 三原市には江戸時代の享保2年から3年の騒動や享和元年の騒動について記述があります。このような村方騒動など様々な出来事を知る上でも三原市史は重要であると認識しており、これまでも調査研究並びに資料館の展示、企画など、様々な場面で活用してまいりました。今後も新資料館の展示について、市史に基づく展示を検討してまいります。
○正田洋一議長 18番政平議員。
◆政平智春議員 揚げ足を取るつもりはございませんが、今後そういうことを検討してまいりますということは、今回のリニューアルオープンに際して三原市史は全く参考にされていないということで受け止めてよろしいでしょうか。
○正田洋一議長 安原教育長。
◎安原敏光教育長 資料を展示しておりますが、その資料につきましては基本的に三原市史等を当たって、その事実はどうだった、これまでの研究はどうだったかということは検討している次第でございます。例えば、具体的には展示室1では、家船、三原明神市、やっさ祭りの説明、展示室2では、日本刀である三原物の説明や三原築城の際にシダなどの植物を敷いて城が築かれた説明がそうでございます。また、展示室3では、小早川隆景の生涯を示した年表も市史を基に作成しております。このように、三原市の年表やパネルなどの展示全般にわたり三原市史の情報を生かした展示内容となっております。
○正田洋一議長 18番政平議員。
◆政平智春議員 そこに庶民の姿がどういうふうに反映されているんでしょうか。
○正田洋一議長 安原教育長。
◎安原敏光教育長 お答えする前に、先ほど三原明神市と申しました。三原神明市の間違いでございます。訂正をお願いいたします。
 庶民のことをどう反映したというふうに御質問ですが、展示数は、旧資料館で約800点展示していましたが、新資料館では約30点でございます。展示面積も、旧資料館では281平方メートルありましたが、新資料館では243平米に減っているため、分かりやすくなるように重複した資料等を整理しております。このような状況から、展示のテーマは三原の文化と祭り、原始・古代の三原、城づくり、小早川隆景と大きく4項目とし、これらの4項目については、三原市文化財保存活用地域計画を作成する際に行った市民アンケートの結果、大切にすべき歴史文化として上位に上がったものを展示、設定しております。
 以上でございます。
○正田洋一議長 安原教育長。
◎安原敏光教育長 すいません、新資料館の展示を30点と発言しましたが、350点の間違いでございます。
○正田洋一議長 18番政平議員。
◆政平智春議員 私の質問にお答えしてほしいと思います。答えになってないと思います。庶民の姿がどこに浮き彫りにされてるかという質問なんです。
 以上です。
○正田洋一議長 安原教育長。
◎安原敏光教育長 先ほど御説明したように、大きく4点に分けて展示しておりますが、今回はいわゆる先ほどの4項目に絞って展示しておりますので、おっしゃるような庶民に焦点を当てた資料展示というものはないのではないかと思います。
 以上です。
○正田洋一議長 18番政平議員。
◆政平智春議員 私はどうしてないんですかということをお尋ねしてるんです。だから、今回ありませんというのは答弁じゃないんじゃないですか。
○正田洋一議長 安原教育長。
◎安原敏光教育長 繰り返しになりますが、市民アンケートから取った大きな4項目を中心に、説明も細かなこと、詳細ではなく、大きく大まかな説明にするという基本方針でやっておりますので、庶民を焦点にした説明、展示というのはないということが理由でございます。
○正田洋一議長 18番政平議員。
◆政平智春議員 私はどうしてないんですかってお聞きしてる。アンケートを取ったから、その中からやったから庶民の生活はありません。これは答弁ですか。食い違いですよね。
○正田洋一議長 安原教育長。
◎安原敏光教育長 なぜないかというふうな御質問ですから、私どもは、今回スペースも空間も制約があることから、大まかな4つに絞って展示したと。それが議員がおっしゃる庶民に焦点を当てた展示がないという理由でございます。
○正田洋一議長 18番政平議員。
◆政平智春議員 だから、それが三原歴史民俗資料館が市民の歴史認識を考察するのに役に立つというふうにお考えだと思うんですが、私はそうは思いません。私の意見じゃなくて、事実として展示がないわけですから。しかも今三原市が例えば西国街道についての取組をやってます。それはそれで意義のあることでしょう。だから、西国街道を整備をすることの意味というのは一体どういうことがあるのかと聞きたいけど、今回は質問外の質問ですからそれはしませんけれども、しかし16世紀ですか、庶民たちが非常に苦しむ。明治6年に三原市で暴動が起きてるということは歴史の流れなんですよね。その暴動について詳しく説明をしてみてください。
○正田洋一議長 安原教育長。
◎安原敏光教育長 それは明治4年の廃藩置県に起こった武一騒動のことをおっしゃってるのではないかと。ではないですか。それ以外のことについては、今回の調整の中で質問を受けてないので、現在私は認識しておりません。
○正田洋一議長 18番政平議員。
◆政平智春議員 じゃ、次の回の質問に含めていきたいと思いますが、いずれにいたしましても私が質問をしてることから随分ずれた答弁をされてるわけです。私はこれは紹介だろうと思うんですが、1か月間の入館者数が約1,500人、遠くは四国、九州、関東、東海地方など県外の方も全体の4分の1程度いらっしゃいますという文書をいただいておりますけれども、私はそんなことを聞いてるわけじゃない。むしろ先ほどからこだわってる庶民、特に百姓の人々の年貢に苦しむ姿、これはリニューアルオープンだからこそ必要なんではないかというふうに思いますが、教育長はそこは必要ないということをおっしゃってるわけでありますが、それで三原市の歴史認識を市民に訴えられるんかどうか、それはどういうふうに考えられますか。
○正田洋一議長 安原教育長。
◎安原敏光教育長 三原市歴史民俗資料館の設置及び管理条例によりますと、その第1条で、三原市及び周辺地域の歴史、民俗、美術、産業、自然科学等に関する資料を収集、保管及び展示し、郷土の歴史と文化に対する住民の知識と理解を深めるため、歴史民俗資料館を設置するとあります。先ほど来申しておりますが、展示スペースも限られているため、大きなテーマに絞り、この設置条例の趣旨に沿った展示を検討、展示しているところです。今後の展示につきましては、この設置条例に基づき、様々な企画等も検討しながら展示を考えていきたいと考えてます。
○正田洋一議長 18番政平議員。
◆政平智春議員 そうすると、今後の展示についてそれを考えていくというふうにおっしゃいますが、今後というのはいつですか。
○正田洋一議長 安原教育長。
◎安原敏光教育長 このたびの新資料館は、飽きない資料館と。度々皆さんに足を運んでいただくために様々な展示を工夫しようというふうにしております。初期段階で紹介できない情報につきましては、1年程度をめどに何を展示するかについて検討してまいりたいというふうに思っております。
 しかしながら、この資料館は資料館ですので、資料がベースになってます。その資料について古文書などの研究を進めていった結果、成果を反映するため、5年から10年程度で部分的に展示替えを検討してまいりたいと考えています。
○正田洋一議長 安原教育長。
◎安原敏光教育長 訂正させていただきます。
 先ほど足を運ぶと申しましたが、来館していただくためということで訂正させていただきたいと思います。
○正田洋一議長 18番政平議員。
◆政平智春議員 この問題について、教育長の認識が随分浅いということが分かりました。少なくともこれは認識を問うということでお聞きしたいんですが、三原の城の城下町はどの範囲を言っていたんでしょうか。
○正田洋一議長 安原教育長。
◎安原敏光教育長 三原の城下町ということに関しては、私は現在正確な認識は持っておりませんが、三原のいわゆる今あるお城を中心とした堀や塀等を設置されたその範囲内を、もちろん武家も住んでいると思うんですが、町方といい、その周辺の村々、いわゆる年貢を納められている方々を村方と呼んでいるというふうに認識しております。
○正田洋一議長 18番政平議員。
◆政平智春議員 認識を深めていただきたいと思いますが、いずれにいたしましても私が問いかけをしてるのは、庶民の姿、治安維持の方法、それから騒動に対する領主の対応、これらの最初の質問に戻っていきますけれども、村方騒動に対する当時の支配権力の取組内容はどういうものであったのか、ここへ質問を戻します。
○正田洋一議長 安原教育長。
◎安原敏光教育長 村方騒動とは、村役人層の村政運営への改善を求めて起きた要求運動というふうに認識しております。例えば、年貢の軽減を求めたものなどがあります。享保2年から3年には木原村や深村、八幡の本庄村、三原町などでも起こりました。享保3年には広島藩全域に及ぶものもありました。享和元年には山中村で年貢軽減を求めて騒動が起こりました。このような騒動に対してどのような対応を行ったかというのは、先ほど出ておりました市史については、どのような記載があったかというのは認識しておりませんが、そのような騒動が起こったという記述は認識しております。
○正田洋一議長 18番政平議員。
◆政平智春議員 村方騒動が起こった場合、要するに鎮圧をするための武力が要るんですよね。その武力というのは常備軍じゃないんです。そこはどういうふうに思われますか。広島藩では、例えば川上郡というのがございます。この川上郡の人々は半常備ですかね。山や川や海岸の管理、罪人の移送、処刑場の管理、ですから古い家へ行ったら、袖がらみとか、やりとか、十手とかございます。それらについてどのような認識をお持ちですか。
○正田洋一議長 安原教育長。
◎安原敏光教育長 江戸時代の治安の仕組みとして、三原の西町、東町といえば町奉行、町役人、町役人とは年寄り、組頭、目代、組頭添役、地方、庄屋などが治安の維持などを行ったと市史に記録されております。また、その他の人たちというふうに認識しておりますが、牢屋の番人である牢番役やとが人を逮捕する警固役などを担った方々がいらっしゃると記載されていると認識しております。
○正田洋一議長 18番政平議員。
◆政平智春議員 かなり市史の読み込みをされているとは思いますが、問題は、それを歴史民俗資料館の展示にどのように反映をされるかということで私は尋ねているわけでありますが、それは必要でないというふうにおっしゃるのか。それとも、今後もというのは5年とか10年先の話じゃないわけです。私は今の展示のことを問題にしてるわけです。いかがでしょうか。
○正田洋一議長 安原教育長。
◎安原敏光教育長 これ、先ほど来申し上げましたとおり、繰り返しになりますが、歴史民俗資料館の展示につきましては、設置条例、管理条例に基づきまして、今後の展示について検討してまいりたいというふうに思っております。それにつきましては、先ほど申しました開館後1年で検討することや、5年から6年かけて今後発見されるかもしれない資料等に基づいた展示の方法、内容等を検討してまいりたいと考えております。
○正田洋一議長 18番政平議員。
◆政平智春議員 この項についてはこれで終わりにしたいと思いますが、一つ不思議なのは、いわゆる歴史民俗資料館がリニューアルオープン、移転に際して、どうして深い検討、検討した結果がこれなんでしょうけども、そこに思いが及ばなかったのかをお尋ねをします。
○正田洋一議長 安原教育長。
◎安原敏光教育長 これも繰り返しになりますが、先ほど御説明いたしました市民アンケートに基づきまして、その希望があった大きなものから大きな項目を選んで、それをできるだけ細かい説明せずに、概略を説明するという方針にのっとって今回の展示内容を決めたということでございます。
○正田洋一議長 18番政平議員。
◆政平智春議員 だから、私が尋ねてるのは、教育委員会、理事者、アンケートに責任を転嫁するんでなくて、教育委員会がどのように責任を持って展示の方向を決めたか。アンケートを受けてするということはありますが、それに100%委ねてるんですか。違うでしょ。教育委員会がそういう方向性を出していると思うんですが、そこはいかがでしょう。
○正田洋一議長 安原教育長。
◎安原敏光教育長 誤解があったかもしれませんが、新しい資料館をつくるに当たっては、市民の意識を大切にするということを第一に考えましたので、市民アンケートの結果を尊重したというか、展示検討する中で、その項目を重要に考えていたということでございます。もちろん展示の企画等につきましては、教育委員会の責任を持って展示しているということについては変わりはございません。
○正田洋一議長 18番政平議員。
◆政平智春議員 そこのところなんですよね。教育委員会が歴史民俗資料館のリニューアルオープン、移転に伴ってどういう展示をしていくかということの構想は、もともとは教育委員会が持たなきゃいけないものですね。さっき全面的にアンケートに委ねてるわけじゃないというふうにおっしゃいましたけど、それはそうでしょ。そういった意味では、教育委員会がどのような思いを持ってやってるか、そこが不十分だから私が今回質問をしてるわけです。100%と言わないまでも、少なくともそこに市民の意識、アンケートが全てではないわけですよね。人権の歴史的形成プロセスをそこに表示をしてもええんじゃないですか、お尋ねをします。
○正田洋一議長 安原教育長。
◎安原敏光教育長 これも繰り返しになりますが、やはり新資料館は公設でございますから、市民意識というのを大切にするということが第一義であろうと思います。それにつきまして何を採用するかというのは、先ほど来説明したとおり、教育委員会が主体を持って検討しているわけですが、今後の展示につきましても、新資料館の設置条例、管理条例に基づいて適切に検討してまいりたいと思います。
○正田洋一議長 18番政平議員。
◆政平智春議員 少なくとも三原市教育委員会として主体的にそこに切り込んでいく、掘り下げていくという姿勢が全く見られないというのは、私だけがそう思ってるかも分かりませんが、随分違うなというふうに思います。この件については、今後も議論のテーマにしたいと思います。今回はこれで終わりたいと思います。
 次に、本郷町南方の産業廃棄物最終処分場の対応についてお尋ねをします。
 まず、2月議会で私の質問に対し、県に対して根本的な原因究明を求めるとの答弁がありました。これは竹原市と共同で文書を出してるわけですけども。
 次に、今年4月に搬入の再開が許可され、現在も継続中との認識ですが、業者の汚染水を出さない措置はどのようになされているのでしょうか。汚染水を出さない。言い換えれば、県、市の考え方からすれば、出させないということがどのように進められているのか、お尋ねをします。
 次に、県への働きかけは、本市のみではなく広域的な取組なども検討し、進めたいとの考えが示されましたが、その後、私の受け止め違いかも分かりませんが、あれは竹原と三原のことなんだということなんか、それとも広域的なという言葉の使い方からすれば、当然尾道や福山もそれに含まれるというふうに私は受け止めていたんですが、理事者のお考えをお聞きをしたいと思います。
○正田洋一議長 鳩野生活環境部長。
◎鳩野努生活環境部長 御質問1点目にお答えいたします。
 本市といたしましては、令和7年5月8日付で県知事、県議会議長へ提出した要望書において、関係住民等の不安払拭や周辺地域の環境保全を図るため、4回目の行政指導の原因となった浸透水の基準超過について、徹底した原因究明を行うことを要望しております。その取組について県に確認したところ、令和7年7月25日付で発表のとおり、事業者の原因調査において基準超過の原因は確認できなかったが、浸透水は令和6年11月から令和7年4月時点まで正常な状態で安定していたことから、BODが基準超過した令和6年10月23日以降の降雨で原因が埋立物から洗い流され、汚染源が既に消失していると推定されることや、埋立層の散水洗浄の結果から、今後降雨があっても基準値を超えるBODが浸透水として流出するおそれは小さいものと考えられることから、事業者の報告された原因に係る考察は妥当であると専門家の意見を踏まえ判断したと伺っております。
 御質問2点目につきましては、こちらも県に確認いたしました。令和7年4月25日付で産業廃棄物の搬入及び埋立処分の再開を認めて以降、令和7年5月7日から搬入が再開されており、再開後も引き続き浸透水等についての行政検査を強化して実施するとともに、事業者から改善措置として県に報告された排出事業者への対応、搬入検査の強化、浸透水モニタリングの拡充について確実に履行されていることを確認していると回答を得ております。
 なお、県の行政検査は、搬入再開後、浸透水の検査を4回実施されており、検査結果はいずれも基準値に適合していると伺っております。また、本市といたしましても、搬入再開後は水質検査箇所を増やすなど、監視を強化しております。
 3点目、県への働きかけについては、本市だけでなく広域的な取組を検討しながら進めるとの答弁であったが、その後どのようになっているかについてでございます。
 現在は本郷産業廃棄物最終処分場に対応を限定するため、同じ課題を抱えて影響を受けている竹原市と連携して各種要望活動や情報共有を行っている状況です。今後につきましては、竹原市と連携を図りながら、さらなる広域的な取組についても対応を検討していく必要があると考えております。
○正田洋一議長 18番政平議員。
◆政平智春議員 私の質問の意図とは随分かけ離れていると思います。要は、日名内川、梨和川、沼田川へ一滴たりとも汚染水を流さないということが大前提です。三原市としてそれが可能かどうかということをお尋ねをしてるわけでありますが、その点についてお尋ねをしたいと思います。
○正田洋一議長 鳩野生活環境部長。
◎鳩野努生活環境部長 御質問は、三原市が汚染水を一滴たりとも流すことがないような対応ができるかということだったと思います。
 まず、処分場の排水につきましては、まずは処分場内の適正管理を事業者がしっかりやること、それに対する監視指導を県がしっかりすること、これが大前提になってきます。ここがしっかり守られることによって汚染する水が流されないというふうな認識でございます。
 こちらについて業者の対応、このたびしっかりやっていくというところと、県も監視をしてるというところでございますが、排出事業者の対応というところで、まず持込みをされる受入れ基準を明確に示すこと、搬出管理を徹底し、強く要請するという働きかけを県と業者両方されております。搬入物の検査強化というところで、廃棄物の搬入時においても、展開検査に加えてさらなる検査をされている。さらには、浸透水のモニタリングの拡充というところで、毎月法令に義務づけられたBODの測定に加え、簡易テストをすることにより定期観察を行うという業者の対応に対して、広島県としましては、事業者による維持管理の徹底を確実に履行されるように県としても監視を行っていくとともに、浸透水の行政検査を高めるなど強化して実施し、基準値が超過した場合には廃棄物処理法に基づき厳正に対応するというふうに県が言われてます。このような取組がしっかりされることによって、汚染水が流れないような取組につながっていくというふうに考えております。
○正田洋一議長 18番政平議員。
◆政平智春議員 要は、汚染水を出さないということ、現実が重要なんです。それを私は求めてるわけです。汚染水を出さない。日名内川、梨和川、沼田川を一切汚さない。これは、今の答弁の中では、県に聞けばそういうふうにおっしゃいます。しかし、昨年の11月11日に搬入停止を行わざるを得なかったようなBODが超過をした汚染水が出てる。それでは皆さん、市民、納得しませんよ。そこのところをしっかりと汚染水を出さないハードもソフトも取組を進めるべきだと。大体もともとあそこへ産業廃棄物最終処分場を持ってきた。誰が誘致して、誰が許可をしたのか。そこらあたりは市民に分からないんですよね。許可は県がしてるはずなんです。間違いなく許可権限者というのは県です。こういう危険な処分場をあそこなら大丈夫だというふうにささやいた者がおるんじゃろうと思うんですけど、それを今ここで明らかにする会議ではないんで、それをしませんが、少なくとも三原市民の命と健康というものが冒されつつある。そのことをどのように認識しているか、理事者としての考え方をお尋ねをします。
○正田洋一議長 鳩野生活環境部長。
◎鳩野努生活環境部長 御質問の市民の生活を脅かされている状況を市としてどのように考えているかということだったと思います。
 先ほど申し上げましたように、汚染水を出さない状況というところは、業者であり、県に委ねるルールでございます。その中で三原市が何ができるかというところは、常にしっかり考えて対応しているところでございます。市民の皆様の声をしっかり県に伝え、その結果、県の監視指導がしっかりしていくというところも三原市の仕事だと思ってます。昨日も10時頃、住民の方から川の状況を見てほしいという御連絡をいただきました。一緒に川の確認をさせていただき、お話の中で住民の皆さんの声というのもお聞きしました。そこをしっかり県に伝える、三原市は地元自治体として状況を把握する、そういったことを三原市ができることというところをしっかりやっていきたいというふうに考えております。
○正田洋一議長 18番政平議員。
◆政平智春議員 そろそろ終わりたいと思いますが、昔、禁煙ということが広く認識し始められた時代に、隣の人に、すいません、たばこを吸っていいですかと聞いたら、ああ、いいですよ、ただし煙は出さないでくださいね、そういうコントがあったようでありますが、今の三原市、汚染水を出さないでください、検査をしますという答弁。検査をしたら汚染水は出ないんですか。根本からその原因をただしていかなきゃならないという認識にぜひとも至っていただきたいと思います。
 以上、終わります。
○正田洋一議長 政平議員の質問を終わります。
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